アングリーチョコレート





彼は不機嫌だ。





多分隠してるつもりなんだろうけど私にはわかる。いつもなら爽やかだなあって思う 清楚な笑顔も今は不気味に思えてしょうがない。黒いオーラが見え隠れして。どうし たらいいんだろう。コンサートに向けて2人で練習してたけど、彼の音を聴いてらんない。 ヘタとか間違えてるとかそんなんじゃなくて、「ヒビが入る」と例えるのが1番近い。 重くのしかかってくるメロディ。
正直、聴きたくない。



「ねえ、加地くん。」
「どうしたの?日野さん。」
「もしかして・・怒ってる?」
「別に、怒ってなんかないよ。」




「ウソだ。」




僕すっごくイラついてるんだよね。
って声に出さないで言ってるようにしか見えない。



「ウソなんかついてないよ、本当だって。」





このムードだと流される。そして終わり。私にはきっと関係ない。聞くのも失礼だし しつこいと思われるかも。でも、なぜか彼をほっとけない。知りたくてしょうがない。




「なんか加地くんの音を聴いてると・・・わかるの。」
「なにが?」
「えっ」
「僕の音、日野さんは理解したの?」



あたりは酷寒。
凍りついた空気がパキパキ鳴いている。初めて怖いと思った。私の知らない加地くんだ。 どうしてそんなに機嫌が悪いの?どうしてそんなに悲しそうなの?





「僕の音、ヒドイでしょ?日野さんの演奏に比べたら全然ヘタだし。」
「そんなことな・・・」
「あるよ。きっとみんなそう思ってる。」
「私は思わない。加地くんの音色、優しくてキレイだし私好きだよ。」
「好き・・?」
「うん・・・好き。」



やめておけばよかった。
私、とんでもないこと言っちゃった気がしてならない。



「僕じゃなくて、僕の音色が ね。」




加地くんは必死に耳を塞ぎたがってる。私の言葉を拒否してるかのよう。
ざっと右足を1歩後にさげた。





「こんな醜い音なのに。君以外、君に関わる全ての人間に嫉妬してるワガママな僕が 弾いてる音色なんて。 ボロボロだ。カッコ悪いなあ・・僕。君にあたってるだけだ。最低だ・・。」












「こんなに君を想ってるのに。」






「日野さんっ  」





その瞬間、引き寄せられて彼のくちびるに自分のくちびるが触れた。



たった数秒の出来事だったけど、私は彼の胸中が苦しくて苦しくて泣いている姿を見たはずなのに。






私はくちびるの熱さに




溶けた。







(弱さを抱きしめて耐えている彼がそこにはいた)