やさしい嘘を





桜がまた散る、散る。
今日は星奏学院の卒業式が行われた。その式が終了してすぐ。
香穂子と香穂子の恋人、柚木梓馬は屋上にいた。
「卒業おめでとうございます。」
「ああ、ありがとう。香穂子。」
あまりしんみりとした雰囲気ではない。
どちらかと言えば、清々しく晴々としていた。空が青く透き通っているからだろうか。
「もう柚木先輩と学校で会うことはないんだなぁって考えると、変な感じがしちゃいます。」
「俺もさ。まだ卒業した実感さえもてないんだからな。」
新品の紙に書かれていたとしても卒業というものはまだそこら辺を漂っているようだ。
いつかは時間の流れと共に忘れ去られて行くものだとしても。
「あー私も三年生になるのか。」
「しっかりしろよ。今のままじゃ後輩にナメられるぞ、お前。」
「わかってますよ!」
微笑し合う二人。ぎこちない空気が一瞬流れた。
「お前は他のやつらみたいに聞いてこないんだな。」
「え?あ、第二ボタンですか?…私はいいです。どっちかって言うとタイのほうが欲しいです。」
「タイ?」
「はい。」
変わったやつだな、と、溢しながら梓馬はゆっくりとタイを外した。
シュルシュル。独特の音が静かな中に響いた。
「ほら、お望み通りやるよ。」
「………。」
「香穂子どうし…」
心配の言葉をかける前に香穂子は勢いよく梓馬に抱きついていた。
一体何が起こったのか。唐突すぎてまだ理解出来なかった。
「香穂子?どうした?」
「……。」
「泣いてるのか?」
コクンと小さく香穂子が頷く。その肩は小刻みに震えていた。
「なんでこの日にお前が泣くんだよ。」
「だって…」
「だって?」
「寂しいじゃないですかぁ…」
「寂しい…か、」
香穂子の素直な気持ちが梓馬の心に痛いほどしみた。
「香穂子、」
「………。」
「たとえ俺が卒業しても会えないわけじゃないだろ。寂しがる必要はない。」
「…っ…。」
「泣くな、お前には似合わないよ。」
この胸の靄を何と呼ぶのだろう。歯を食い縛る思いをどう表現するのだろう。
「しばらくはこのままでいてやるから泣き止むんだな。わかったか?」
「…わかりました。」
なだめるようにやさしく香穂子を抱きしめる。
香穂子はひとつだけわかってはいなかった。
それ以上に寂しい思いをしていて今にも泣き出しそうなのは梓馬のほうだと。
それでも春はやさしい嘘を隠して確実に過ぎて行った。